さっき、自分は車の助手席に座っていたのだが、
運転していた父が突然「あっ」と言い出した。
何かと思ったら、歩道を走っていた自転車が派手に転倒していた。(乗ってたのは男の子)
横にお店の旗が立っていて、旗がぶわって来て前が見えなくなったか(風が強かった)、
もしくは横に飛び出てる細い棒?みたいなものに引っかかったらしい。
自分はまずもしかしたら救急車を呼んだほうがいいかもしれないと思い、
「大丈夫ですか?」って声をかけるつもりで窓を開けたのだけど、
同じタイミングで彼は普通に起き上がり、引っかかったところを外し始めたので、
(あ、大丈夫そう・・・)と思い、結局声をかけずただ窓を開けて見ただけの野次馬になって終わってしまった。
冷やかしのようになって終わってしまった。
この時、(あ、大丈夫そう)と思っても、「大丈夫ですか?」って声をかけるべきだったんだよ・・・!
自分が無言だと、男の子からすると(変な人を見る目でみられたな)と思って終わっちゃうんだよ・・・!!
まず、彼はこっちを見ていなかったし、自分が見ていたことに気づいていたかもわからないから、これは自分の考えすぎで、
深く気にしないで終わるべきことなのはわかってる。
普通の人は5分もすればこの出来事は忘れるだろう。
もし自分が彼の立場だったら「自分も↑に書いたようにこういう場面に遭遇しても声かけられないからわかるわ、見られてても冷やかしとは限らない」って無理矢理ポジティブ思考に思うのだけど
彼が自分と同じ考えを持っているかはわからない。彼がそう思うかはわからないことなんだよ・・・!!
もしかすると彼を傷つけてしまったかもしれないって思うんだよ
この一瞬の間の自分(真面目系クズ)の思考回路
おそらく日本では、こういう時声をかけるほうが稀だから
自分が「大丈夫ですか!?」って言うことにより男の子「なんだこいつ」って目で見られるのを恐れた。
この思いがすんでのところでよぎり、いつもギリギリで言えなくなってしまう。
これが自分にストップをかける。
こんな自分が嫌だ。
言えるようになりたい。
いやだ、いやだ、変わりたい。。
もし、仮に「なんだこいつ」って目で見られたとして、まず前提としてこれは最悪の可能性でこうなる確率はすごく低いわけだよね。これも自分の頭のおかしいところ
それはそれで、自分は嫌なことには敏感なので「こんなことなら声かけなきゃよかった」って地の果てまで落ち込むだろうけど、
言えなかった後悔より言った後悔のほうが気持ちはスッキリする。。今までの経験でわかっている。
相手に何か言われたことより、自分が言えなかったことのほうがすごく引きずる。
コミュ障は会話をシミュレーションしないと上手く喋れない
ここに至るまでのプロセスとして、自分がオタク気質だからなのかはわからないが、
誰かに会う時、何かを買いに行くとき、事前に言うことを頭で考えてから行く。
こう言われたらこう返す、ということをシミュレーションしてから行く。
キモイと思うかもしれないが、こうしないと上手く喋れない。リア充にはわからない感覚かもしれない。
だから、突発的な出来事にはものすごく弱い。
もし、今時間を巻き戻せたら、迷いなく声をかけれるだろう。
こういう「突発的なことに直面したときにどう対処するか」でその人の真価が問われるってよく言うけど、そういう意味では自分はクズ以外の何者でもないのかもしれない。
+、声かけたあとのやり場のなさどうしようってそんなのその時考えればいいってことを考えてしまう。
自分は車に乗っていたわけで、声をかけたとして、目で追ったままブーンと走り去っていくしかないんだろうか。シュールだ。
これは共感性羞恥があるからだと思う。
コールドストーンアイスで、店員さんが歌い終わったあとの気まずさに似ている。
そして、「大丈夫ですか?」って言えなかった自分に一番イライラし、
「なんで自分があんな場面に遭遇しなきゃいけなかったんだ、遭遇しなければこんな気持ちになることはなかったのに」と思うここまでがいつものパターン。
自分は日本人の「見てみぬふりをする」ところが大っ嫌いなんだ。
けどその世間体や視線におびえて、自分が「大っ嫌い」なはずの周りと同じことをしてしまっている。
心の中で思ってても、こうしてブログで書いても意味がない。
言葉にしないと相手には伝わらないからだ。
2年くらい前のことだが、わりと混雑した電車で自分は扉側に立っていた。
そしたら突然横に立っていた男の子がその場にしゃがみこんだ。気持ち悪くなってしまったんだと思う。
自分もよく電車で酔うから、気持ちがわかるのでしゃがんで「大丈夫ですか?」って声をかけてあげたかった。
(気持ち悪いのは自覚してるが、この場を見たら大半の人が「うわ。」「吐くなよ迷惑だから」ってリアクションをすると思う。
自分はそういうふうには思ってないということを伝えたかった)
でも、声かけたことによりウザがられたらどうしようって、当人ももちろん、
その場にいた周りの客に、気持ち悪い、変な子だなと思われたらどうしようって気持ちが頭をよぎり、どうしよう、どうしようと思っている間にその子は次の駅についたところで降りていった。
「うわ。」「吐くなよ迷惑だから」と、
「なんで自分があんな場面に遭遇しなきゃいけなかったんだ、遭遇しなければこんな気持ちになることはなかったのに」
「そう思ってるお前は一緒じゃねーか」「いや、お前タチの悪い偽善者じゃねーか」って意見あると思う。
それは自分でも自覚しています。
でも、これはそういう場面に遭遇したことに苛立っているわけじゃないんだ。
他でもない、自分が「こうしたい」と思ったのに、それができなかった自分に殺したいほどムカついているんだ。
なんか、ブログやツイッターで嬉しい言葉をかけていただいても、「自分はあなたが思ってるような人じゃないんです。全然人に優しくできないクズ人間なんだよ」と自分のクズさに落ち込んでしまう。(声をかけていただくことは本当に嬉しくて、自分で自分が嫌なだけ)
最近見た女子高生のニュース。
これ、「JKが1人で新聞を拾っている。かわいそうだ」って警察に連絡した人は、
一緒になって拾ってあげたのだろうか。
ただ、見ていただけだったのだろうか。
自分もこのJKのように自分に真っ直ぐでありたい。
10歳年下の女の子に教わるなんて、恥ずかしいし情けない。
本当にこんな気持ちになりたくないのでそういう場に遭遇したくない(エンカウント率を減らす)って思うんだけどそうすると家の中から出ないしかない。
それって周りの目を気にして何も言えない自分から逃げたいだけなんだ。
言いたい、言えるようになりたい、周りを気にしなくなりたいって思いたいけど
生きてるだけで精一杯、生きてやってんだ!って思いながら生きてるのにどうしてこんなことまで努力しなくちゃいけないんだろうって思う。
普通に生きてるだけじゃだめで、苦しまないためには思ってることを口にする努力をしなくちゃいけない。
結果、「生まれてきた時点で負け」って考えにいつもたどり着く。
これを、人は「考えが子供っぽい」で片付けるのかもしれないね。