父親が死んだ

2015年に癌発覚して3年。62歳。

いろいろと忘れないように、どういう流れで葬儀をやったのか書き残しておきます。

自分の父親は胃ガンステージ3でして、 彼は、最初は「治療なんてしなくていいから太く短く死にたい」と言っていて このブログをいつも...
の一番下に、今日の朝までの最新情報を書いたのだけど、それを書いたあと事態がすごく悪化しました。 事の流れ 父、朝降りてきた時からフラつく→...
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父親が死んだ

2/13の夜中、眠れなくて雑誌のアンケートを書いていた。腹が減ったので1時半ごろうどんを食べる。
2時半に寝る。→

朝5時半、母親が「病院から危ないって電話きた」って起こしにくる→

6時、病院着→

それまで大部屋だったが、危篤になったため個室に移されてた。
行ったとき、もう半目開けた状態。
かわいそう、痛そうと思って涙が出た。
父の目を見てみたけど、泣いてた気がする。
ゆっくり呼吸している。

「がんばれ」って呼びかけながら手を握りましたが、ドラマみたいに、「声に反応して握り返してくれる」とかは一切なかったです。

心拍数40、血圧 上37・下27 でした。

自分が最後に行ったときは(2/10、死ぬ3日前)「血圧90だよ!上がってるじゃん!大丈夫大丈夫!」って言って、それは気休めじゃなくて ほんとにこんだけあれば大丈夫そうだな~って心から思ってたんだけどなあ。自分より高かったしw(←普段血圧80くらいなので・・・

どんどん呼吸の感覚が長くなってきて、息しなくなった。心電図だけはドラマみたいにピーーーーってなりましたね、、でもピーーーってなった直後もしばらくは反応あるんだね、、

朝6:50ごろ永眠。口開けた状態で亡くなるw
人が死ぬ瞬間を初めて見た。

表情的にそれなりに「壮絶な最期」だったので、生きるってなんだろうって考えさせられた。

あと、お腹に水が溜まってたので腹パンパンだったね。足もむくんでたけど。

先生がなかなか来なかったので、書類上は7:04になりました。

看護師さんに「葬儀屋さんに(自分で)連絡してください」って言われる。駅の近くのほうが来やすい・わかりやすいだろうってことで、駅の近くの葬儀屋さんに電話する。

「先ほど父が亡くなりまして」って説明すると、「ご愁傷様です」→なんて言っていいかわからないので、「ありがとうございます」って返してたw

亡くなった人の名前とか、死亡時刻とかをいろいろ聞かれる。

自分「予算知りたい」って言ったけど、それは会った時に決める、みたいに言われて、来てもらったらもうその会社に頼む以外なくなるからふっかけられるんじゃ?って不安になった

家に遺体を置いておけないので、そっちで預かってほしいと伝える

亡くなったのは朝7時だったが、その3時間後の10時に、緩和ケア病棟(個室)に行ける予定だった。その病棟の婦長さんみたいな人がわざわざ挨拶に来てくれた→

9時半ごろ、霊安室へ移動。SAWみたいなイメージあったけど、綺麗だった。普通におしゃれだった。
移動の前に看護師さんが5人がかりで浴衣に着替えさせてくれる。微妙に化粧してくれる。チークと口・・・w死んでから父親のオカマっぽい顔を見るとは思わず・・・w→

死亡届などを書く。

「ほんとに死んでるよね?生きたまま焼かれるとかないよね?」って不安になるw(世にも奇妙な物語の見すぎ)

10時半、腹が減ったので病院のレストランでヘルシーランチみたいなやつ食べる。うまかった。

11時過ぎ、父の兄と嫁が来る(元からこの日、見舞いに来る予定だった)

11時半ごろ、さっきの葬儀屋さんに「迎えお願いします」と電話する。入院してた病棟(9階)にも「葬儀屋さんが来るとき教えてください」と言われていたので、内線で電話する。→

30分くらいで着。遺体を車に運んでくれる。看護師さんが3人くらい見送りしてくれた。車が見えなくなるまで頭を下げてくれた

葬儀屋さんに着くと、4畳くらいの部屋にドライアイス乗せて寝かされていた。

葬儀の段取り、どういう式にするかを決める

あんまり大げさにやられるのが嫌な人だったので、最初は弟と「自由葬でいい」と言っていたのだが、

兄と兄嫁が口を突っ込んできて喧嘩になったので、「とりあえず一旦飯を食いに行こう」(13:30)→

兄嫁のおごりだったので利久の特上1,780円くらいのやつ(牛タン)食べた。→

母が「「普通」の式のほうがいいんじゃない?」って言うので、たしかに父「普通でいい普通で」ともいかにも言いそうだなあと思ったのでそうすることに。

葬儀会社が提携してるやつ(?)だと25~35万くらいかかるので、お坊さん便(16万)に変更w→

そのほか、香典返し、骨壷、祭壇、棺、湯灌、遺影の額、食事etc、何色にするか、どれにするか、どのコースにするかを全部決める。これが時間かかった。3時間くらい話してたのでは。

いっても100万いかないだろう、と思ったら、230万って言われてびっくりする。

父が一番親しくしていた友人(Aさん)に、亡くなったことと、「父の親しい交友関係がわからないので、連絡お願いします」と父の携帯からLINEで送る。人にお願いしないと、当日は余裕ない。→

「お坊さん便」に電話するw

戒名あり16万、なしだと14万。ありにした。電話の女の人はとても親切でした。亡くなった日付、時刻、名前、生年月日、初七日を繰り上げでやるか?とかいろいろ聞かれて、20分くらい電話してた。のちほど当日来てくれるお坊さんから直接電話があります、とのこと。→

19時ごろ家に帰る。昼の利久のテールスープ+おやつに飲んだミルクティー+寝不足のコンボがやばくて気持ち悪くなる。

トイレで吐いて、風呂に入りながら吐いて、20時に寝ようとしてからも気持ち悪くて何回か起きて吐く。寒くてしょうがなくて寝るまでに3時間かかった。。

20時頃お坊さんから電話来て、戒名のために「どんな人だったか」の特徴伝える。優しい、釣りが好き、みたいなことを言ったらしいw←弟が出た

ちなみに、夢に出てくるとかはなかった。いつもどおりのよくわかんない夢しか見なかった(ブックオフに六足(人間の足はホログラム)の機械が出て暴れまわるみたいな夢)

ちなみに、近所には一切知らせませんでした。

2/14

翌日、11時位に起きる。母が弟にオムライスを作っていたのでその余りをもらう・・・

今年、父あてに来てた年賀状を見て、連絡したほうが良さそうな人に連絡。(弟がやってくれた)

親族関係は全くわからない(疎遠)なので、兄と兄嫁に頼んだ。

母「なんか団子作ってきてくださいって、粉、渡されたのよ!」って言うのでワイが団子作る。蒸すって書いてあったけどレンジで適当にやった。

15時半、ずっと美容院行かなきゃーと思って後回しにしてたので、美容院に行く。(葬儀でいろんな親戚に会うことになるわけだから・・・)

17時、遺影の写真を決めに葬儀屋に行く。成人式の写真(アルバム)とかいろいろ持ってった。

最終的にスマホで撮ったやつにしたんだけど、葬儀屋さんが「このメールアドレスに画像を送ってください」とのことでそこに送るだけで終わった。→

友人Aさんが、わざわざ父の顔を見に来てくれて、1時間半くらい話した。このAさんに当日の受付をお願いする。

明日には焼かれちゃうので、いっぱい写真撮って顔触っといた。

近くのラーメン食って帰った。

2/15(18時~通夜)

午前中に葬儀屋の人が家に来て打ち合わせ~ってなってたが、家に来られるのが嫌だったので、電話にしてもらった。

14時に会場入り。その前にカバン(黒いやつ)がなかったのでそのへんのデパートに寄って9,800円のやつ買った。→

久しぶりにイトコに会う。

15時から湯灌で、ワイ、弟、母、&兄のその家族、の目の前で洗ってくれた。

「よかったらシャンプーしてあげてください」って言われて3人で父の髪の毛をわしゃわしゃした・・・wなんだこの時間。

見てる時微妙に気まずくて(HSPだから)、「これ(湯灌)なしでもよかったんじゃないかなあ」と思ったけど、顔色がよくなって、髪もふわふわになったので、最終的にはやってよかったかなと思った。入院してる1ヶ月間、ずっと風呂に入れてなかったので。

お風呂終わったあと、足袋とか白装束?のヒモを結ぶのをみんなでやった。

16時リハーサル。お焼香の回数とか、誰から花が来てるとかを確認。
花の札(?)に自分(と弟)の名前がでっかく載るのが変な感じだった。

17時、母の弟とか、友達とか、いろんな人がちらほら来はじめる。坊さんも到着。

控室で母とワイとお坊さんの3人になり、先にお金(16万)を渡す。戒名の説明(解説)を聞く。

18時~式スタート 意外にも弟の会社の人が結構来てくれてた。会社すご。

「お坊さんの長ったらしい話いらないです」(お経だけでいい)って言おうと思ってすっかり忘れてしまい(父がそういうの嫌いだったので)、

当日、スタッフの人を介してちょっと短めにお願いできないか?って伝えてもらったら本番(?)で

坊さん「もっといろいろ話そうと思ったんですが、諸事情により割愛させていただきます」

とかそれわざわざ言う必要ある?って地味に腹立ったw

終わって、受付やってもらった人から香典を預かる。金庫に入れる。

19時~1階で食事。それなりに回って、来てくれてありがとうございましたって言った。

親戚のおじさんに、お前のお父さんは昔、通行人とやりあって渋谷警察署にお世話になったことがある。とかどうでもいい情報を聞かされてワロタw

21時半ごろに終了。

母の弟(とイトコ)が2人で二軒目に行ってたので、そっちに合流して飲み会して23時ごろタクシーで家に帰る。

なんか、、これから金を稼がなくちゃみたいな気持ちになって読みかけのお金2.0を読んだw2時に寝る。

2/16 告別式

7時に起きる。ほとんど寝た気しない。

10時~始まる。

最後に祭壇の花を棺に入れるときがやっぱり一番泣けた。これから燃やされちゃうんだなって思うと悲しくてしょうがなかった。

うちはお酒(紙コップ)、弟が誕生日にあげたジャケット、自分が父の日にあげたカード、などを一緒にいれました。
野球のグローブ入れたかったけど、これは骨とかに燃えカスがつくかも(?)ということで、やめときました。

11時~みんなでバスに乗って火葬場まで行く。

まだ父親が入院してるときから、夜、家に帰って寝る前に、

自分「死んだら焼かれちゃうんだよなあ」って考えて悲しいなあと思っていたけど、

焼いてる間(1時間半くらい)、親戚のおじちゃんと株の話とかずっとしてたので、その時間のおかげで思ったより泣かないで済んだかな、って思った。

5分くらいで焼くの終わってすぐ骨出てきたらもっと泣いてたと思うけど、、

骨を拾う。ここが頭蓋骨、とか耳の部分、とか頚椎だとか説明してくれました。

遺骨を持ってバスで会場に戻る。

14時~お昼ごはん(献杯)。献杯は全然知らない親戚のおっさんがやったwちょっとグレード高めのすきやきにしましたよ。。

父の写真のところにもお酒と料理置いといてくれました。

16時ごろ、みんなで余った花束を分けて解散。欲しい人に持って帰ってもらった。

17時、骨とか遺影とかを全部家に持って帰る。スタッフの人が1人、家までついてきてくれて、祭壇を作ってくれた。

疲労がすごいのでさっさと風呂に入って、ホリエモンのすべての教育は「洗脳」であるをちょっと読んで・・・w

21時に寝ようとするも、いろんなことを思い出して、横になりながらずっと泣いてた。

逝ってから今日まで、寝る前は全然泣かなかったのにね。

やっぱり3時間くらい寝れなかった。起きたら二重整形した翌日ばりに目が腫れてたよ・・・w

今日(2/18)はこの記事を書いて、ゲームして、出前頼みましたwヤフオクで発送しなきゃいけないものがあったので普通に行きました。

風呂入ってるときにまたいろいろ思い出して泣いちゃいましたけどね・・・

葬儀屋さんは、見積もり出たとき「高っ!」と思ったけど、みんなすごくいい人で、ここに頼んでよかった、って思いました。

自分の父親は胃ガンステージ3でして、 彼は、最初は「治療なんてしなくていいから太く短く死にたい」と言っていて このブログをいつも...
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